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2009年7月28日 11:22

旅して育つ

 

先月で8才になった長男が一人でアメリカに発った。

アメリカでは私の友人である母子家庭のアメリカ人女性が彼を引き取る。

2週間ほどカリフォルニアの小さな小学校に通う修行の旅だ。

 

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以前、楽器業界にいた頃、「パイステ」という老舗シンバルメーカーの創業者の話をその孫から聞いて度肝を抜かれた。

創業者のおじいさんは10才の時、住んでいたエストニア(フィンランドの下あたり)から

今ではロシア領土の場所まで移動し、夏休みを過ごしていた。

楽しいはずのキャンプではあったが、内戦が勃発し家には帰れなくなった。

子供達は数人のグループを組み、激戦地区から逃れながら家族が待つ西とは逆の東へ向かい、ロシアを横断する。

お金も無いので、盗みを働きながら、列車の屋根に乗って旅をしていたという。

そして、船にもぐりこみ海を渡った。

家族は子供を戦争で亡くしたと思い込んでいたらしい。

しかし、小学生ギャングはなんとサンフランシスコで生活をしていた時に警察に保護される事になる。

そしてまた海を渡ってエストニアに帰ることができた。おじいさんは13才になっていた。

その後19才になった頃、家が農場をやっていた関係で酪農の職業訓練の学校に行かされた。

しかし、そんな勉強に没頭するはずもなく、学校を飛び出してアフリカに渡った。

アフリカではジャングル奥深くで宝石の発掘と売買をしていたらしい。

その頃の写真を見せてもらったが、大きなナタを肩にかつぎ、肌が黒光りした青年の姿はとても勇ましかった。

根っからの冒険家なのであろう。

エストニアに帰った青年は酪農をせずにまた家を飛び出し、楽器屋で働くことになる。

そこでシンバルの修理がきっかけで製造を始めることになった。

音楽の移り変わりの中で、大きなクラッシュ音をドラムの音に混ぜて使う音楽が流行り始める。

シンバルの需要は高まり、一代にしてシンバルの市場をリードするメーカーにまで発展した。

おじいさんは確か40代でアフリカで怪我した足の傷がもとであの世に旅立つ。

 

彼の生き方はとてもエキサイティングであっただろう。

好きな事を優先して、命がけでやり抜いてきた。悔いのない一生だったに違いない。

どんな旅でも人は成長する。

 

過保護に育てられてもいつかは旅をしなければ成長はあり得ない。

未知な世界へ飛び込む事は何才になってもストレスになる。

危険でもそれを楽しむ心が育てば、何かを手に入れるはず。

 

勇気を振り絞って行った兄を見ていた4才の弟は…

「僕も一人でアメリカ行きたい」と。

「あと3年たったら行ってきなさい」

私は10才で1カ月間アメリカに行った事があったが、なんとも頼もしい兄弟である。

 

外を見て初めて自分の周りが基準ではない事がわかる。

はみ出ることによって、人と違った自分づくりができる。

きっと何かを手に入れる事ができるはず。 

 

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